「市町村合併、日本酒ブーム、酒蔵通りの観光化…。力強い歴史のうねりに巻き込まれ、街も祭りも変貌していったのだ」――作家・清水浩司
――秋本番。ここ東広島市の風物詩と言えるのが、毎年10月に開催される「酒まつり」です。その始まりや歴史、古来から続く「酒と祭り」の分かちがたい関係について紐解くべく、作家・清水浩司が東広島市を訪ねました。
文豪風情が東広島をそぞろ歩き、酒都の魅力を再発見する当連載もすでに3回目。さすがに毎月のように西条に来ていると愛着が湧くというか顔馴染みもできる。このシマの顔役である彼ともすでにツーカーの仲である。
「また来ましたぜ、のん太の兄ィ」
「おーい、よく来たな❤ 文豪!」
「文豪、今回は何の取材よ?」
「やはり西条といえば『酒まつり』。これを取り上げんわけにはいかんでしょう」
「そうだろ~? 今や日本を代表する日本酒の祭典、今年は3年ぶりのリアル開催!! 見てみろ、この格好…」
「おお、のん太兄ィの口にもマスクが! さすがでやんす!」
「ウィズコロナ時代の『酒まつり』、今年はとくと見せてやるから、覚悟しとけPON!!」
(申し遅れましたが、このお調子者を絵に描いたような「のん太」さん、は東広島市の公認マスコット。東広島市内を歩いているとびっくりするくらいあちこちにいるので、相当な実力者であることが推察されます)
…ということで今回のテーマは「酒まつり」なのだが、かといって会場に出向いて飲んだり食ったりするわけではない。正確には「酒まつり」の歴史を紐解くことで東広島を見つめ直してみようという内容である。そして対面したのは「亀齢酒造」の代表取締役社長・石井英太郎さん。開口一番、
「この前、裕ちゃんと話したらしいじゃない?」
ゆ、裕ちゃん?……それは初回に話を伺った「賀茂鶴酒蔵」の石井裕一郎さんのこと。実は裕一郎さんと英太郎さんは父親がいとこ同士という関係。亀齢は明治期創業の超老舗。祖父は西条町長を務め、英太郎さんは現在西条酒造協会の理事長――ってどんだけ華麗なる一族なのか。ドンもドンならドン・コルレオーネ級ドン。黄桜「呑(どん)」とはワケが違う大御所から「酒まつり」の記憶をサルベージするというのが今回の使命である。
私は意を決して御年71の思い出の海にダイブした。
「松尾神社からこっちに降りてきたのは、わしが26~27の頃じゃなかったっけ……」
ことの始まりは1970年代にさかのぼる。それまで西条の酒蔵連合である西条酒造組合(現・西条酒造協会)では、酒づくりをはじめる毎年11月、お酒の神様を祀る松尾神社で酒造祈願祭をするという風習があった。
祈願祭ではよい酒ができることを願って相撲や剣術などが奉納されていたが、1978(昭和53)年、毎年10月1日が「日本酒の日」に制定されたことをきっかけに、会場を街中に移すことを決定。この祭りを契機に地元の人々に日本酒をふるまい、より多くの人に日本酒を楽しんでもらうことにしたのだ。
これが現在の「酒まつり」の原型となる「西条酒まつり」。つまり酒づくりの成功を祈るための神事だったものを地域に開いて、地元の祭りにしたのである。当時は土曜の午後、現・西条中央公園テニスコートのところに紅白幕を張って、千数百円を払うと中でおつまみと呑み放題のセットが楽しめるというものだったらしい。その頃の話になると、英太郎さんの舌も滑らかになる。
「飲み放題じゃけえみんなこっそり酒を持って帰ろうとして大変じゃったよ~。ズボンのポケットやら上着のポケットに日本酒の瓶を突っ込んでからに!」
「お客さんを集めるためにいろんな有名人にも来てもらったね。和田弘とマヒナスターズじゃろ、あとは……木へんにホワイト……」
「あ、柏村武昭さん」
「そうそう、それにカープの応援歌を歌っとった、えーっと……」
「南一誠さん!」
「それとか今は柏村さんの女房になっとる……」
「林竹洋子さん!」
「で、その何年か後にレツゴー三匹も来てくれて……」
「じゅんでーす!」
「ははははは、長作でーす!」
「(2人声を揃えて)三波春夫でございま~す♪」
ドンに気に入られるためドレミファドンばりの早押しクイズに喰らいつくエセ文豪。マジで頭ン中フル回転である。そんな最中、英太郎さんが不敵な笑みを浮かべつぶやいた。
「で、そこに“もうひとつの祭り”が現れたんよ……」
松尾神社の神事から続く「西条酒まつり」の流れ。それとは別の流れが生まれたのは1974(昭和49)年のことだった。一体この年に何が起こったのか?
賀茂郡西条町、八本松町、志和町、高屋町の4町が合併して東広島市が発足したのである。
できたばかりの東広島市は4町の融和のため、「みんなのまつり」を企画した。それは商工会や青年会議所らを巻き込み、1979(昭和54)年には「東広島みんなのまつり」へと拡大する。かたや酒造組合の運営する「西条酒まつり」があり、かたや市民の祭典である「東広島みんなのまつり」が存在する。酒造組合には当然のように「一緒にやりませんか?」と声がかかったが――。
「こっちはこっちの予算でやりよるんじゃけえ、無理して一緒にせんでもええんじゃないんって。そもそも別モンなんじゃけえ」
「そ、そ、そ、そうっすよね……(しどろもどろ)」
こちとら頑固で一本気な職人気質。話し合いは平行線を描き、しばらくは両者が春と秋に並び立つWフェス時代が続く。そんな中でも水面下の打診は続き、酒造組合の態度も次第に軟化。「そこまで言うなら一緒にやりましょう」となったのが、英太郎さんが双方の実行委員長を兼任した1988(昭和63)年のことだった。
「このとき、ただ2つを合わせたような祭りじゃいけんけぇ、どんなものにするかみんなで話し合って企画を作ったんよ」
ほれ、と差し出した色褪せた紙には「東広島の祭り企画書~東広島魅力づくり計画の一つとしてのまつり~」と書かれている。中を開くと「なぜまつりをするのか」「東広島の魅力づくりとして新しい祭りを生み出そう」といった文字が並ぶ。
そう、ここで「酒まつり」は“神事”“地元民のための無礼講”に次ぐ“東広島の魅力発信イベント”という第3形態に突入したのだ。
結局その年は昭和天皇の容態が悪化し祭りは中止に。翌1989(平成元)年が新生「酒まつり」のスタートとなる(結果、英太郎さんはまさかの二年連続で実行委員長を務めることに…)。そこからはご存じのように拡大の一途。平成と共にはじまって三十余年、コロナ前には2日間で23万人を動員するほどの一大フェスに成長した「酒まつり」に英太郎さんは今、何を思うのだろう?
「日本のどこに行っても、西条といえば『酒まつり』じゃね!って答えてくれるんよ」
「そういう意味では日本一の酒まつりの都市にするっていう最初の目的は達成できたと思うんよ。でも今は人が増えすぎて警備費もすごい。酔っ払いの相手も大変。コロナの流行もあって、次はどっち方向に向けて舵をとるんか考えざるをえんじゃろうね」
コロナによる休止を経て3年ぶりの復活。今年の「酒まつり」は半世紀以上続くこの祭事の新たな船出になりそうだ。
酒まつり2022
日時:2022年10月8日(土)・9日(日)各日10:00~17:00
会場:西条酒造協会加盟8社の酒蔵ほか、東広島市内各所
英太郎さんとの会談の後、「酒まつり」発祥の地である松尾神社に足を運んだ。松尾神社はJR西条駅のすぐ北側の御建神社の境内にある。ここで行われていた神事をきっかけにあんな巨大イベントが生まれたことも驚きだが、その背後には市町村の合併、日本酒ブーム、酒蔵通りの観光化といったさまざまな要因が折り重なっていたことも興味深い。力強い歴史のうねりに巻き込まれ、街も祭りも変貌していったのだ。
ふと境内を眺めると、おどけ者を石に彫り込んだような石像が置かれている。
「の…のん太兄ィじゃないですか!」
どうやらのん太兄ィの権勢は真に絶大らしく、昨年2月には松尾神社正面に「ききます のん太大明神」なるものが建立されてしまった。はたして東広島それでいいのかと問い質したくなるが、建ててしまったものはしょうがない。もはや“現人神”を通り越して“現タヌキ神(アラタヌキガミ)”と書いてみても途方に暮れるばかりである。
そうそう、ひとつ本当にどうでもいいことを思い出した。
実はこののん太、まさに「西条酒まつり」と「東広島みんなのまつり」が合体してひとつになった第1回の「酒まつり」をファミリーにも楽しんでもらいたいと作られたキャラクターだったのだ。そこがあれよあれよと人気を博し、今や東広島全体の公式マスコットとして君臨。さらには今年オープンした道の駅も「道の駅西条のん太の酒蔵」と名付けられた。普通そこまで推すか、のん太? もしくはのん太を入れなければいけないという闇の力でも働いているのか?
「酒まつり」拡大の裏で最も勢力を伸ばしていたのは、もしやのん太だったのでは…?
いま白日の下にさらされる恐るべき歴史の事実。黒幕の存在。
キミはまだ東広島の本当のドンが誰なのか知らない。
●しみず・こうじ/作家・ライター・編集者。1971年生まれ。2019年、小説『愛と勇気を、分けてくれないか』(小学館)で第9回広島本大賞受賞。現在RCCテレビ『イマナマ!』コメンテーター、広島FM『ホントーBOYSの文化系クリエイター会議』パーソナリティなども務める。
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