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蔵のあるまちVol.1 暮らしのなかにある蔵

[投稿日]2022年08月04日 / [最終更新日]2022/08/06

「目をこらせば、ほら、いま私たちが歩いているこの道を、かつての侍や町娘たちも笑いながら歩いていくようじゃないか」――作家・清水浩司

 

 

――今回からスタートした『蔵のあるまち』。広島で作家・ライター・コメンテーターとして活動する清水浩司が、西条酒蔵通りを中心とする東広島市を訪れます。

 

新たに始まった東広島を好き勝手に歩く旅紀行。第1回は東広島といえばやっぱココでしょ、ということで酒処・西条が誇る「西条酒蔵通り」に足を向けた。酒蔵通り周辺には現在7つの蔵元があるという。JR西条駅に降りたった私は「さあて呑むぞ」と気合を入れて歩き出したのだがすぐに出鼻をくじかれた

 

「え、ここ!?」

 

(突然広がる白黒なまこ壁の世界)

 

駅の階段を降りて1分も経ってないというか、駅前ロータリーをすぎてすぐの交差点を横に走る通りが「酒蔵通り」だという。なんという近さか。これならたとえ吞んだくれたとしても、すぐに帰れてしまうじゃないか。

 

通りにはあちこち説明が書かれていて、それを読むといろんな情報が入ってくる。なるほど、酒蔵通りは西国街道の一部なのか。広島市内の本通り~平和記念公園にもつながる江戸時代の主要街道、いわゆる昔の国道2号。確かに両脇の建物は宿場町の風情を残していて雰囲気がある。宿があって酒蔵があるんだから旅の恥はかき捨て、当時の旅人にとってはパラダイスだったんだろうなぁ……などと空想を楽しんでいたら、おかしなことに気が付いた。

 

(通りの看板などを眺めながら歩くだけで酒博士になれる…ような気がする。ふむふむ…)

 

酒蔵通りはその名の通りさまざまな酒蔵が門を構え、古風な蔵が建ち並んでいる。軒先には杉玉が飾られ、白壁やなまこ壁が延びている。東広島ならではの赤茶色した石州瓦、同じく赤レンガで組まれた酒蔵の煙突……そうした文化遺産を見るたびに「ああ、いいなぁ。味わいがあるなぁ」とウットリしそうになるのだが、なぜかその都度現実に引き戻されてしまうのだ。

 

(ビューンと車が…現実に引き戻される清水浩司)

 

それはこの地域の街並みのせいである。酒蔵通りをぶらぶらと散策する。酒蔵、古民家、マンション?……また酒蔵、町家、電器屋?……また古民家、アパート? トランクルーム? イタリア国旗を掲げたイタリアン?――なんじゃこのカオス! というかこのあたり、いにしえの歴史的建造物とフツーの今風建造物が混然一体、ゴチャマゼになっているのである。しかも通りは生活道路としてバリバリに活用されているらしく、軽やらバンがひっきりなしに通りすぎる。

 

ある種の人たちはこれを見て「なんて無粋な」と顔をしかめるかもしれないし、かつての流行語でいえば「おしい!東広島市」となるのかもしれない。せっかくのムードのある建物群がフツーの風景と混ざってしまって台無しじゃん……と。

 

しかし私は今昔ゴチャマゼのこの景観こそ「よいな!」と思うのである。「面白い!」と思うのである。

 

(面白いんだけど疲れやすいのですぐに休憩してしまう50代。旅は休み休みで)

 

というのも歴史的建物と今の建物がゴッチャになってるということは、このエリアが“キチンと生きている”ということだからだ。かつての遺構として冷凍保存されるのではなく、今も人々の生活の場としてアップデートされているからこそ、こんなふうな雑然とした景観ができあがるのだ。

 

たとえばそれは私に京都の風景を思い起こさせる。街中にフツーに寺社や町家が建っていて、コンビニやコインランドリーと共存している。ひとつの風景の中に江戸も明治も昭和も令和も折り重なっているのは素敵なことだ。目をこらせば、ほら、いま私たちが歩いているこの道を、かつての侍や町娘たちも笑いながら歩いていくようじゃないか。

 

(街並みの散策を終え、清水浩司が向かった先は…)

 


 

「それってつまり“推し井戸”があるってことですか?」

 

(この作家風情は突然何を言い出したのか…)

 

場面代わって、この日訪れたのは酒蔵通りの蔵元のひとつ「賀茂鶴酒造」。代表取締役副社長・石井裕一郎さんは私が言ったその言葉が気に入ったのか、「推し井戸ね」と笑っておられた。

石井さんとは酒蔵通りの雑然とした風景、まちが生活に溶け込んでいるという話から、このあたりの酒蔵には酒仕込み用の井戸があり、地元住民に開放しているところも多いという話に流れた。そのひとつひとつにファンが付いていて、「ウチは白牡丹さんの“冥加の水”しか使わん」「ウチは賀茂鶴さんの“福神井戸”」といった感じで、人々は朝のコーヒーなどを淹れるため日課のようにペットボトルで水をくみに来るのだという。うーん、やっぱり面白い。生活に密着している“蔵のあるまち”の暮らしぶり。

 

(「賀茂鶴」の福神井戸は1号蔵の入り口付近に設けられている)

 

生活に密着といえば、石井さんの幼少期の話がまた面白かった。石井さんは父の泰行さんが「賀茂鶴」の東京支社長時代に東京で生まれたが、当時、祖父の武さんが会長だったため、夏休みや正月は酒蔵通りですごしていたという。

 

「昭和40年代の西条はまだ暗渠もあって。夏休みは祖母と一緒に瓜の種をとって奈良漬けの準備をしたり、一升瓶のキャップをおはじき替わりにしたりしてすごしていました。いわゆる『三丁目の夕日』的な“ジス・イズ・昭和”の風景。西条って広島や呉と違って空襲を受けてないから、昔の街並みがそのまま残っていたんです。そんな田舎だったまちに広島大学が来て、古い風景が新しい風景に変わっていって――でも酒蔵はこの場所でずっと変わってないんです」

 

(かつての石井さんの祖父母の家)

 

石井さんは大学卒業後、日本酒とは関係ないNHKに入局。おもに番組制作畑で30年近く働き、5年前、52歳で西条に腰を据えた。外からの視点を持ちながら懐かしい記憶もある石井さんにとって、

故郷は「レンガ煙突のあるまち」だという

 

(煙突の赤レンガは東広島市安芸津町の赤土から作られている)

 

「駅を降りてすぐの場所にこれだけ複数の酒蔵があるって、なかなかないシチュエーションだと思うんです。それも生活空間の中にある感じで、いわば『キューポラのある街』というか。定食屋に行くと横に作業着を着た杜氏がいたり、冬のシーズンになると朝7時半くらいに蒸し米の香りが漂ってきたり。やっぱり面白い空間だなと思いますよ」。

 

ヤングのみなさんは知らないかもしれないが、『キューポラのある街』とは吉永小百合さん主演の1962年の日本映画。キューポラとは鉄の溶鉱炉のことで、その煙突のような形状が舞台の街のシンボルになっていた。それが西条の場合、空にそびえるレンガ煙突に置き換わる。

その後、石井さんには一昨年リニューアルした見学室直売所を案内してもらった。ここはかつての一号蔵。来年で150年という節目を迎える建物の正面に、青々とした稲が伸びる一角がある。

 

「石井さん、これは?」

 

(一般的な稲穂より背が高いように感じるが……)

 

「これは近所の保育園の子どもに植えてもらった酒米なんです。春に田植えをして、秋に刈り取って、さすがにお酒にするわけにはいかないから(笑)、それをリゾットにして食べてもらって。私にとってのレンガ煙突じゃないけど、今は子どもたちの原風景を作りたいんですよ。原体験・原風景というものが少なくなっていくなか、こうした思い出が記憶になって西条というまちに愛着を持ってくれたら……」。

 

直売所には試飲ブースもあって、やっと一杯ありついた。150年を生き抜いた蔵の中、いつかこれが子どもたちの原風景になってくれればと吞む酒は、ふくよかで優しい味がした。

 

(4合瓶で1万円以上する酒も試飲できるありがたいコーナー)

 

 


 

石井さんと別れたあと、さっきご自身の原風景として語られていた場所に行ってみることにした。それはJR山陽本線の線路の上を通る跨線橋。幼少期、おじいさんの自転車の前に乗せられてスロープをのぼった石井さんは、そこから見た林立するレンガ煙突を今も鮮明に憶えているという。

跨線橋は道幅は太くなったが、今も当時の場所に架かっていた。民家の庭には夏の花が咲き、チョウがひらひら飛んでいる。私は猛暑に汗をふきながら坂を上がり、振り返った。

 

「…あれ?」

 

跨線橋の上からは、確かに酒蔵の象徴である赤いレンガ煙突(今は実際の酒づくりに煙突は使われていない)は見えるものの、他の建物の合間に埋もれてしまっていた。マンションやビルに覆い隠され、煙突の先っちょがわずかにのぞくくらいだ。

 

(跨線橋を下った位置の方がまだ煙突が目立つか…)

 

想像とは違った現実に肩透かしを喰らったような気持ちになったが、すぐに「これもまた“蔵のあるまち”らしいな」と思い直した。石井さんが幼い頃は家々の屋根も低く、酒蔵の煙突はまちを統べるように偉容を誇っていたのだろう。しかし今はかつてと違う。それでも時世に負けじと踏ん張っている。変化するまちと共に暮らし、共に歩んでいこうとしている――。

 

がんばれ。まけるな。

 

あっぷあっぷする煙突を見ながら、私は生きているまちの鼓動を聴いている気がした。

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