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蔵のあるまちVol.8 酒キュン、オジキュン、蔵見学

[投稿日]2024年02月14日 / [最終更新日]2024/02/28

「地元の人に愛されて、かわいがられる商売って、商いのもっとも原始的なカタチではないだろうか」――作家・清水浩司

 

――酒造りの工程や自社商品のストーリーを知ってもらうために行う、蔵見学。「蔵のあるまち」こと、ここ西条の酒蔵でも、イベント時や予約制などで実施をする蔵が増えている。2024年1月から新たに蔵見学を開始した「西條鶴醸造」を、文豪・清水浩司が訪ねてみる

 

2024年、新しい年が始まった〜!!!!

(新年を迎えた喜びでシャウトが止まらないE.YAZAWAならぬK.SHIMIZU。)

 

 

新年といえば新年の誓いをせずにはいられない。昨年のだらしない自分を反省し、「今年こそは!」の想いと共に新たなる目標を立てるのだ。なんなら書き初めで文字にしたため、机の前など目に付く場所に張ってみる。

でもなぁ……もう一人の冷静な私は五十ウン年間生きてきて、結局なんらモノになってない去年の誓いの行く末を知っている。「いやアンタ毎年1月だけ鼻息荒いけど、毎年その後どうなっとるかわかっとるよな。あーん?」。コタツに寝転んでテレビを観ている古女房が放つ冷ややかなツッコミに繊細なワタシは耐えられなくなり、思わず家を飛び出したサタデー。ううっ、寒い……どこ行こ?

 

こんな日は熱燗でも呑んであったまりたい……。

(寒いくせに、目の前に井戸を発見したら秒で飲んでしまう習性を持つ52歳。)

 

そういえば、今年から西條鶴醸造が「酒蔵物語体験ツアー」をはじめるという話を耳にした。杜氏と蔵元が酒蔵を案内して、最後には試飲タイムもあるという。一年のはじまりに今年スタートの酒蔵ツアーとは縁起がいい。新年から新たな試みをはじめるなんて西條鶴さんも2024年に向けて何か誓いでも立てたのだろうか?

そんなことを思いつつ歩いていたせいか、気づけばそこは西条酒蔵通り……どころか、まさに今、西條鶴醸造の目の前で井戸水を飲んでいるじゃあーりませんか。私は何かに導かれるように、ツアー参加者の一人として紛れ込むことに成功したのだった。
※本来は要予約です。

 


 

寒いからどうぞ、と、まずは奥の応接室に通された。

(かつて湯殿として使われていた一角。)

 

室内にはすでに3人の先客がいて、皆さん今日の参加者らしい。地元東広島のご夫婦1組と広島市から来た男性1人。記念すべき「酒蔵物語体験ツアー」第一回目はどうやらこのメンツで行うようだ。

それにしても通された応接室自体がすでに趣深い。年季の入った火鉢があったり酒づくりの絵が額縁に入っていたり。いちいち香ばしい歴史が漂ってくる。

きょろきょろしてると西條鶴の方々がやって来た。蔵元の伊野本真彦さんと奥様で社長の雅子さん、そして杜氏の宮地充宣さん。あっちが3人、こっちが4人。合コンとは言わないが実にアットホームなサイズ感である。

 

(真彦さん(写真右)の左手にご注目。何か紙が握られているが……。)

 

最初は座学から。真彦さんが西条の歴史、西條鶴の歴史について話してくれる。真彦さんは創業120年を迎えた西條鶴の5代目。伊野本家はもともと荒物や金物などを扱っていたらしいが、山陽本線の開通、米どころで精米機大手のサタケがあったこと、水がよかったことなどを理由に「ひいひいおじいさん」が酒蔵を立ち上げた。

 

真彦さん「実は今でいうベンチャーだったんですね」

参加者1「へー」

参加者2「ほー」

参加者3「なるほどー」

 

そんな感嘆詞と共に参加者たちはメモを取る手が止まらない。

 

私はといえば必死に説明する真彦さんの手に握られたA4用紙にびっしり書かれた、アンチョコが気になって仕方なかった。

 

酒蔵ツアーの一回目ということで言うことを忘れちゃイカンと準備したのだろう。この人、絶対いい人だよなぁ。酒蔵のことくまなく伝えようとしてるんだろうな……その心遣いと生真面目さに早くも心がほぐれていく。

 

そして杜氏の宮地さんにバトンタッチ。蔵の中へ入っていく。

(いくつかの蔵で蔵人を務めたのち、38歳で西條鶴の杜氏となって18年。)

 

杜氏というと「ザ・職人=頑固一徹なんか言ったら鉄拳制裁べらんめえ」なイメージが強いが(偏見)、宮地さんはいつもニコニコ。想像に反して仔猫のように人なつこい。

 

酒蔵の心臓部とも言える製麹室に入った時も、昨年新調したばかりの麹箱(=蒸した米に麹菌を付けて繁殖させる箱)を手にして「この箱めちゃくちゃ気に入ってるんですよ。吉野杉で木目もちゃんと揃ってて」と大ノロケ。

 

(めちゃくちゃデレデレしている。ステキな笑顔じゃありませんか。)

 

同じく新調された醪搾機(=もろみから清酒を搾り出す機械。通称YABUTA)の前に立つと「このYABUTAが入った時も嬉しくて嬉しくて……」とついウットリ。

 

きっとこの仕事が単に、ものすごーく、一から百まで好きなんだろう。

 

職人の貫禄や威厳みたいな苦み成分を一切寄せ付けないバリKAWAIIたたずまいに、好きにならずにいられないbyプレスリーも唄い出すオジキュンぶりである。

 

その一方で蔵の中身も見応えがあった。明治時代に作られた西條鶴の酒蔵や母屋は国の登録有形文化財。このツアーの時はちょうど復元工事が終わったばかりで、じっくりと堪能することができた。

(みごとな梁だが、古くからの蔵が多い安芸津、竹原と比べると、これでも細いらしい)

 

「復元工事を機にタンクの配置を変えて、蔵の中を見学してもらえるよう調整したんです」

 

そう語るのは真彦さん。漆喰の塗り壁やライトアップされた立派な梁についてどうしても説明したいらしく、いちいち口を挟んでくる。とにかく見学に来てくれた人にこの蔵の魅力を伝えたくて仕方ないのだ。Wink的に言えば「愛が止まらない~TURN IT INTO LOVE~」のだ。おかげで予定時間はガンガン押していくが、そんなこたぁどうでもいい。宮地さんといい真彦さんといい心に残るのは「あたたかいもてなし」、その一言に尽きる。

 

ということで、結局1時間の予定が50分も延長して蔵の見学は終了。

 

さあ、お楽しみの試飲タイムだ。

(やわらぎ水を飲みながら3種類の酒を利き比べる。)

 

酒が入ったせいか、杜氏の人柄にほだされたせいか、参加者の舌もすっかりなめらかになっている。

 

「これから杜氏さんの顔を思い浮かべて呑むようになりますね。この街に住んでてよかった」

 

東広島在住の奥様がそう言って、宮地さんおすすめの酒の話に聞き入っていたのが印象的だった。

 

(試飲は直売所で。テーブル代わりのワイン樽も趣深い。)

 


西條鶴 酒蔵物語体験ツアー20241月~)

  • 毎週土曜日15:30〜(約90分を予定)
  • 参加費13500円(税込)/定員各回6名
  • お申し込み先 西條鶴ホームページhttps://saijotsuru.co.jp/ より
  • 問い合わせ

体験内容などに関して 西條鶴醸造株式会社 082-423-234平日午前9時~午後5

予約サイトの操作方法などに関して ディスカバー東広島 082-493-5815


 

参加者のみなさんが帰られた後、改めて真彦さん、雅子さん、宮地さんに話を聞いた。蔵元、社長、そして杜氏。酒蔵通りでもっとも小さい蔵である西條鶴は、この3人が従業員と共に手を取り合って進んできた。

 

日本酒需要最盛期には離れた場所に瓶詰め工場を設けた時期もあったが、2005年に創業の地である今の場所に酒蔵機能を集約させた。同時に酒づくりの方向も「地元で呑まれる酒」「広島の食材に合う酒」に絞り込んだ。

 

「ツアーをはじめたのは、日本酒文化をもっと知ってもらいたいと思ったから」

(「大根踊り」で知られる東京の某大学で醸造を学び、生家を継いだ。)

 

 

「これまで私たちはお酒を作るだけで流通も問屋さん、酒屋さんに任せっぱなしだったけど、今はいろんなことをやらないといけないというか。その中には日本の伝統文化を発信する役割も含まれていると思うんです」と真彦さん。

 

今年から毎週土曜日にこのツアーを行い、金曜日にはインバウンドの外国人向けのツアーも開催する(英語が話せる雅子さんがアテンド!)。

 

私は当初、見学ツアーの背景に「日本酒離れをSTOP」「なんとかしなければ!」という蔵の危機感を想像していたが、意外と空気はふんわりしていて、宮地さんなんて「私、人と接するのは大好きなんで全然抵抗はないですよ~」とやっぱり職人らしくない。

 

雅子さんは言う。

 

以前のエッセイで清水さん、《推し井戸》って書かれてたけど、理想はまわりの人がみんな自分の《推し蔵》を持っていただくことなんです」

(雪のように白い肌の雅子さん。このツヤ肌も日本酒の力か。)

 

「それはウチでもいいし白牡丹さんでもよくて、『今日おいしい牡蠣を手に入れたんだけど、これに合うお酒ない?』って聞けるような間柄というか。やっぱり地元の人に愛されて、『蔵が地元にあってよかった』って言っていただけることは、とても幸せなことだと思うんです」

 

ふと思う。

 

地元の人に愛されて、かわいがられる商売って、商いのもっとも原始的なカタチではないだろうか。ネットも大量輸送もなかった時代の商売はきっと隣近所だけで行われていたはずで、そう考えると西條鶴は商いの原点に戻ろうとしているのかもしれない。大量生産・大量消費の時代を超えて、改めて自分たちで作れるぶんを作る、顔の見える人たちとキチンと関わり合う――3人が醸し出す穏やかな空気に触れていると「幸せって、お金ですか?」という問い掛けがスッと喉元を通り過ぎて、どこかに消えていくようだ。

 

「地酒は慈酒」

 

西條鶴のフィロソフィーの一行目には、そんな言葉が掲げられている。

 

3人に礼を言って蔵を出ると一月の空は暮れ、さらに熱燗が恋しい肌寒さになっていた。

 

( 本当に気持ちのいい人たちだったな……とりあえず、どっか入って酒を呑むか。)

 

仲よき事は美しき哉。

故郷に酒があることは麗しき哉。

 

今年こそなんとかしようとする意気込みはこうして今年もぐずぐずになって、梅が開けば春を待つのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


しみず・こうじ/作家・ライター・編集者。1971年生まれ。2019年、小説『愛と勇気を、分けてくれないか』(小学館)で第9回広島本大賞受賞。スペイン・サンティアゴ巡礼を軸にした3ヵ月に及ぶ旅の模様をnote「ぼんやりした巡礼」にまとめる。

 

>「蔵のあるまちシリーズ」を最初から読む

(蔵のあるまちVol.1 暮らしのなかにある蔵)

「目をこらせば、ほら、いま私たちが歩いているこの道を、かつての侍や町娘たちも笑いながら歩いていくようじゃないか」――作家・清水浩司

 

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