蔵のあるまちVol.6 KURA BIRAKIのあるまち
[投稿日]2023年03月30日 / [最終更新日]2024/05/23
「人と人が交わし合うもっとも美しい言葉は『カンパイ』なんじゃないだろうか」――作家・清水浩司
――前回までのあらすじ。市内に10の酒蔵を擁する東広島に文学の予感を感じ、たびたび訪れてきた作家・清水浩司。3月の取材先となった安芸津の柄酒造からの帰り道、風に舞う一枚のチラシをキャッチして…。何かに呼ばれたように再び西条へと向かう清水。そこに待つ「KURA BIRAKI」とは? 『蔵のあるまち』、今回で華の最終回!?
ちまたでは桜が咲きはじめた。例年より1週間近く早い開花である。今年もまた春が来たのだ。
菜の花、モクレン、沈丁花、水仙……色とりどりの花々を見ていると、うっとりした気持ちになってくる。1年間に渡って連載してきたエセ文豪コラムも今回でついに最終回か。しかし春眠暁を覚えずというか、春は夢見心地で眠いなぁ……ふぁ~、ウトウト…………zzz。
さて、その足で降り立ったのはシリーズ5度目となる西条。前回安芸津の海を見ているときに舞い込んだ「KURA BIRAKI」と書かれたチラシの正体を確かめにやって来た。
KURA BIRAKI…蔵開きって、つまるところ蔵を開くということだろう。だが、それは一体何を意味するのか? だから一体どうしたのか? ボサッと立っていても仕方ないので酒蔵通りに入ってすぐのところにある白牡丹さんに飛び込んでみた。
「どーもー、まいどおなじみの文豪ですけど、蔵開きについて教えてもらえませんか?」
「ええよ、まあこっち入りぃや❤」
(エッ…入るってフレームイン!?)
迎えてくださったのは白牡丹代表取締役専務の太田雅之さん。いきなりおじさん2人で映えてしまったが、社歴44年、白牡丹の番頭格という御人だ。
「蔵開きっていうのは、まず西条では秋に酒まつりがありますよね。それに対する春のイベントというか。ちょうど4月は新酒ができる時期なので、そういう位置づけで今年から東広島にある10の酒造メーカー全部で開催することになったんです」
蔵開きとは普段は入れない酒蔵を一般の方々に開放すること。これまではファンとの交流を目的に各社が個別で酒蔵見学や杜氏の解説、限定酒の販売などを行ってきたが、今年は東広島が誇る“日本酒10(テン)”が一致団結。東広島市の蔵すべてが4月の1、8、15、22日に分散して蔵開きを行うことで、4月の土曜日は市内のどこかで常に酒蔵イベントをやっている状態を作ったのだ。
白牡丹の蔵開きは4月8日。もうすぐということで、さぞかし気合いが入っているんじゃないかと思ったが……。
「いやぁ、何やってええのか分からんのよ。ははははは!」
「酒まつりは何もしなくても人が集まるんで、来てもらったお客さんにどう楽しんでもらうか考えりゃよかったけど、今回は何もない状態じゃないですか。『ほんまに人、来るん?』みたいなところからはじまるわけです。はははははは!」
白牡丹が蔵開きに参加するのは今回が初めて。ということで用意したのが――
〇新酒の販売!
〇乾燥米麹プレゼント!!
〇和太鼓演奏!!!
〇牡蠣料理とのペアリング居酒屋!!!!
さらに各蔵が地元の生産者とペアになって企画する「東広島マイスターコラボ」では、前回の原稿に登場した安芸津の牡蠣加工会社「マルイチ商店」さんとタッグ。そして――
〇安芸津湾かき漁VR体験!!!!!
〇牡蠣のオイル漬け作りワークショップ!!!!!!
〇牡蠣の早むきレース!!!!!!!!
……って、もうコレ十分でしょ!
「ちょっと会場見てみる?」
もちろん見させていただきます――ということで私はだいぶ豪快な太田さんにくっ付いて、白牡丹の内部を案内してもらうことにした。
「本来は3月末で仕込みが終わって。4月のはじめは火当て(加熱処理)やヤブタ(酒を搾る圧搾機)の掃除をやってる時期なんです。酒づくりの後始末というか。それを連休前までに終わらせて、8月くらいからまた清掃をかけて、盆明けに次の酒を作れるようにする――それがだいたいのウチの流れです」
太田さんの説明を聞きながら敷地の中を歩く。新酒の利き酒を行う見学室の壁には全国新酒鑑評会金賞の賞状がびっしり飾られている。そこで搾りたての新酒を一口。
「瀬戸内海ってタイやイワシなど白身の魚が多いでしょ。だから酒に味がある方が合うんです。マグロとかは脂が乗ってるので後味がスッキリしてる辛口が合うんじゃけど」
白牡丹は広島を中心に愛されてきたお酒だ。創業は延宝3(1675)年の江戸時代。東広島の日本酒10の中でもぶっちぎりの最古参で、今だに延宝蔵、天保蔵といった蔵が残っている。会社のロゴは棟方志功が手掛け、夏目漱石にも「白牡丹 李白が顔に 崩れけり」という句があるなど、文化人にも愛されたヒストリー。
白牡丹関係者、マジで文化系スーパースターばっかじゃん!
と血中濃度が上がったのは今しがたの試飲のせいではないはずだ。
「ウチの最盛期は昭和61、62年。平成元年に“級別廃止”っていうのがあったんです。いわば日本酒の自由化で、それまではお酒って特級なら2,000円、一級なら1,500円、二級は1,000円みたいに価格が決められてたんです。それが自由競争になってワヤクソになって……ウチは昔から二級酒のメーカーだったけど、いま地場で二級酒を作ってるのはウチと呉市の『千福』さんの2軒だけ。そんな中でなんとか頑張ってる感じですよ」
太田さんはヘビースモーカーらしく、案内の途中でも隙あらばズバズバ吸う。まさしく昭和の働く男。白牡丹350年の中の44年間にも山もあれば谷もあって、バカ笑いしたり、会議室で唸ったりしながら幾千本もの煙草を灰にしてきたのだろう。
そうした歴史の一番さきっちょにある、今回の蔵開き初参加。令和の時代を生き抜こうとする老舗の挑戦を応援せずにはいられない気持ちになってくる。
東広島蔵開きイベント
2023年4月1日(土)「賀茂鶴酒造」「福美人酒造」、4月8日(土)「白牡丹酒造」「西條鶴醸造」「山陽鶴酒造」、4月15日(土)「賀茂泉酒造」「亀齢酒造」、4月22日(土)「柄酒造」「今田酒造本店」「金光酒造」/4月29日(土)「道の駅西条のん太の酒蔵」イベント
詳細はこちらからご確認ください。
蔵開きの会場を見せてもらい本社に帰ろうとしたとき、不意に酒の匂いが流れてきた。匂いに誘われ行ってみると、7~8人の蔵人が大量の水に濡れながら作業していた。
どうやらそれはさっき話に出たヤブタの掃除で、発酵したもろみを“ろ過”する際に使った布の洗浄をしているらしかった。
水はおそらく昔から使っている井戸水だろう。春とはいえ水は刺すように冷たいだろう。そんな中、若い蔵人たちは水に浸かり、一心不乱に布を洗っていた。ゴシゴシ、ジャブジャブ布をこすり、そこにこびりついた酒粕の匂いが西条の町を包み込む――。
「最盛期は60人くらい季節の働き手が来てくれてね……」
きっとこれが酒都・西条の春なのだ――急になにかが腑に落ちた気がした。
花の香、そこに混じる酒粕の匂い、生酒の完成と後片付け、汲めども汲めども尽きることない清冽な水の輝き……それは350年ずっと変わらない蔵のまちの春の光景だったのだろう。
今年も蔵のまちに春が来たのだ。でも春といってもあの作業はやっぱり冷たそうだな……。
――と思ったところで我に返った。
手に持っていたはずのコップ酒の残りがだらしなくズボンにかかっていた。
私は夢を見ていたのだろうか。あたりを見渡すとソメイヨシノ、手には白牡丹。ひとりで呑むのはいつものことだが、どうやら今日は花見酒を愉しんでいたようだ。
一体どこまでが現実で、どこまでが夢なのか…私は白牡丹を呑みながら、蔵を案内してもらう夢を見た。白牡丹だけではない。この東広島にある6つの蔵を回って、それぞれの蔵の人と言葉を交わし、交流を深める夢を見た。それはとても楽しい夢で、いつまでも終わってほしくない夢だった。
まだとろんとした頭で考える。
人はどうして酒を呑むのだろう?
若い人は酒を呑まなくなったというが、生きる上で酒など必要ないのだろうか?
だとしたら“蔵のあるまち”はこれからどうやって生きていけばいいのだろう?……
どれも考えても詮無い話だ。
ただ、わかるのは春と酒は相性がいいということ。いや、春は酒そのもので、酒は春そのものだと言っていい。酒のない人生は春のない四季と同じで、あなたはそれを受け入れられるのかっちゅー話だ。だっちゅーのはパイレーツなんだっちゅーのでYou’ve got to know……一体私は何を言ってるんだ。
その時、無粋なスマホがブルッと震えた。私は一瞬シラフに戻る。
「文豪、日本酒10コンプリートすることが決まりました。いま6蔵済み。残り4蔵。来年度も“蔵のあるまち”続きます――」
同じもの、もう4杯おかわり。人と人が交わし合うもっとも美しい言葉は「カンパイ」なんじゃないだろうか。
今年の桜と当コラムの続投に、カンパイ!
しみず・こうじ/作家・ライター・編集者。1971年生まれ。2019年、小説『愛と勇気を、分けてくれないか』(小学館)で第9回広島本大賞受賞。現在、充電のため欧州を放浪中。note上で「ぼんやりした巡礼」と題した旅日記を書いてるハズ(予定)。
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